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 TOP >> ABOUT CAT- STREET >> 天切り松闇がたり 第一夜 闇の花道

天切り松 title


 

   「…お情け、こうむりやす。」
   その老人は板の間に置かれた古びた木製の椅子にゆっくりと腰をかけると低く静かだが力強い口調で切り出した。
  「あっしは、仕立て屋銀次一門の生き残り、抜弁天の目細の安吉を親に持つ、
  村田松蔵、天切り松と申しやす。お見知りおきくださいやし。」

   熱烈なファンもさぞ多いであろう浅田次郎の傑作、"天切り松 闇がたり"がついに舞台化の運びとあいなった。
  まずはその第一夜、闇の花道と題して、原作の闇の花道・槍の小輔のエピソードが盛り込まれている。

 

すまけい

 主人公の天切り松、演ずるは "すまけい" かつてアングラの帝王と呼ばれ、
半世紀に及ぶ役者人生のなかで日本アカデミー賞をはじめ、
読売演劇大賞など数々の演劇賞に輝いた日本演劇界の重鎮。
今回の天切り松の公演の切り札とも言えるまさに怪物だ。

 朗読劇と題してはいるが、その怪物が、明治生まれで、
大正、昭和、平成と激動の時代を生き抜いた
大泥棒を演じるのであるからまさに鳥肌ものである。

set1


ジョン&ヨーコ
 六月某日、小雨そぼ降る日比谷通り、宮城(きゅうじょう=皇居)
のお堀もいっこうに止もうとしない雨に水面を揺らしている。

 会場となったのは松蔵もお世話になったのであろうか丸の内警察署の裏手、
有楽町はニッポン放送の地下にあった。
 "イマジンスタジオ"イギリスはリバプールに生まれ、ニューヨークで凶弾に
倒れるまでの生涯、愛と平和を詠い続けたロック界のカリスマ"ジョン・レノン"
その妻であったヨーコ・オノ・レノンが平和への願いを込めて名付けたというのだから
たいそうなものである。

 

客入れ


 客入れの時刻になると、会場には雑居房が出現する。
しかし、房と呼ぶにはいささか薄汚れた格子で囲われていて、
牢屋といった趣きのなかに小さな木机がぽつんと置かれている。

 客席前列は桟敷席、りっぱな座椅子と分厚い座布団がしつらえてはある。

「まったく有り難いこった、お客さン方ァ皆さん雁首揃えてこの老いぼれの説教を
聴いてくださるてェのが嬉しいねェ…」

藤原道山
 やがて、どこからか開演を知らせる柝の音が聞こえてくる。
否応なく張り詰めた緊張の中、客電が静かに落ちると尺八の音が朗々と響きはじめ、
奏者が闇に浮かび上がる。名を"藤原道山"。
甚だ失礼な物言いになるかもしれないが、そのいかめしいまでに大仰な名前に反し、
貴公子と呼ぶに相応しい風貌を持った青年である。

 その青年のかまえる尺八寸から湧き出でる、美しくも切ないメロディに引き込まれていると、
壁のカーテンが微かな音をたてて巻き上がり、二重になったガラス越しに黒衣を先導させた
老人がゆっくりとした足取りで歩いてくる。
分厚い扉が重い音をたてて開かれると松蔵は中央へと進んだ。

 留置場でさえ自由に出入りするその老人のいでたちは刺子を打った藍木綿の
単衣(ひとえ)に黒の股引(ももひき)、下町の職人のような風体ではあるが、
何を隠そう明治の大親分"仕立て屋銀次"一門の最後の生き残り、
"天切り松"の二つ名を持つ伝説の大泥棒、村田松蔵その人である。

 「天切りたァ、大江戸以来の夜盗の華、七つ道具を腰に下げ新月の夜お屋敷の
屋根に登って仁王立ち、闇にまぎれて屋根を抜くてぇ一子相伝のまさに荒業。」

 

 

背中を丸めてお茶をすする姿に天下の天切り松も老いさらばえたかに思えたが、演じるすまけいのぎらぎらと鋭い眼光は、
まさにかつて帝都をまたにかけたであろう大怪盗のそれであった。

 やがて老人は口を開き、切れの良い江戸弁で語り始める。ピンと張り詰めた空気の中、六尺四方から先は聞こえないという夜盗の声音、
"闇がたり" で語られる痛快活劇、そしてその裏に隠された切なく悲しい人情絵巻。聴衆は息をするのも忘れ、
見果てぬ大正浪漫の煌びやかな物語の世界に引き込まれてゆく、まさに浅田節の真骨頂である。

増田英治
 お付きの黒衣(くろご)扮するは、増田英治。
くしくも松蔵の兄貴分で、天切りの師匠でもある"黄不動の栄治"と
同じ名前ではあるが、そのボケっぷりはなかなか堂に入ったもので、
緊張に包まれた客席を一時和ませてくれている。

 物語の中、目細の安吉親分を始め、栄治兄ィはもちろんのこと、
説教寅こと寅兄ィが、書生常こと常兄ィが曲げちゃならない自分の
道を突き進む。

 「殿下閣下もかまいやしねェ、盗られて困らぬ
天下のお宝!一切合財頂戴しようじゃァねえか!」

 

 

鷲尾真知子  

おっと忘れちゃいけない紅一点お紺姐さん。
真正面からすれ違いざまに紙入を抜くという"ゲンノマエ"の達人で振袖お紺の通り
名をもつ粋でいなせな女スリ。老将軍、元老山県有朋を向こうにまわし一歩も引かず、
演じる鷲尾真知子の啖呵も冴えわたる。

「世の中にゃ銭金より大事なもんがいくらだってあるんだ。この長州の芋侍!」


set2

 老人は時折り闇間で息を殺して聴き入っている聴衆を確かめるように睨みまわしながら闇がたリを続ける。
ときにはたっぷりと、ときには小気味の良いテンポで威勢良く。道山の尺八が物語りに色を添え、
次第にどんなドラマも映画もかなわないであろう鮮やかな情景が浮かび上がってくる。

 時はあっという間に過ぎ去ってしまい、観客の拍手は鳴り止むことを知らなかった…

天切り松 闇がたり

by sumi